水素原子型ポテンシャルの分配関数

Twitter上で友人に教えて貰った問題が面白かったので、ここに書いてみたいと思います。

水素原子型のポテンシャル -1/rを考えると、
E<0の領域で固有値は-1/n^2に比例するので、
ナイーブに分配関数を評価すると発散してしまいます。
何故発散するのか?どのようにすれば発散は防げるのか?というのが問題です。

結論から言えば箱に入れて、ポテンシャルの範囲を有限の領域に制限すれば良いです。
まず結果から説明しましょう。

半径Rで体積Vの箱に入れた場合を想定します。
このとき、ポテンシャルの最大値は-1/Rとなり、無限大の箱の中に入っていた時(E=0)よりも小さいです。
そのため、束縛状態の数も減少します。
大雑把には、ポテンシャルの最大値よりも低いエネルギーを持つ束縛状態は生き残り、
そうでない状態は自由粒子のスペクトルの中に取り込まれます。

生き残った束縛状態の数を数えるにはまず、許されるnの数を数えましょう。

  • 1/n^2 < (定数) *1/R

を満たすnの数を数えればよいので、結局
nはRの2分の1乗に比例することがわかります。
角運動量の自由度も考えると、各nに対してn^2個の状態があります。
よって、許される束縛状態の数はおよそn^3に比例することがわかります。
nが十分に大きい範囲からの寄与を考えることにすると、結局分配関数は
Rの2分の3乗に比例することがわかります。


自由粒子の領域も考慮した上でこれらの結果をまとめてみましょう。
初歩の統計力学から、自由粒子の領域の分配関数はおよそ体積に比例することがわかる。
一方で、上記の計算から、水素原子の束縛状態の分配関数は体積の2分の1乗に比例することがわかります。
合わせると、体積が小さな領域では分配関数は束縛状態に支配され、
体積が大きい領域では分配関数は自由粒子状態に支配されるようです。
普通、分配関数は体積に比例するので、体積が小さな領域での振る舞いが非常に非熱力学的であることもわかります。


最後に、箱のなかに入れる操作が妥当な理由について考えましょう。
そもそもこのポテンシャルはE>0に連続領域を持っているので、この部分の分配関数をまともに評価したければ、最初から箱に入れておくしかありません。
それにともなってE<0への領域も変更を受け、結果的にVの2分の1乗の依存性が出るのは上で見たとおりです。
よって、今回の発散は、本来は箱に入れるべきポテンシャルを箱に入れなかったために起こった人為的なものだと考えられます。

実用上の問題について何点か。
水素原子の束縛状態部分の分配関数を議論したい場合は、わざわざ箱に入れて計算せずとも、
分配係数の計算を適当なnで打ち切ってしまえば十分でしょう。よほど大きな変化がない限り、熱的にアクセス出来るエネルギーの範囲は変わらないので、これでまっとうな答えが出るはずです。
また、以上の議論から「温度Tにある水素原子のアンサンブルのエネルギー期待値を求めよ」という問題は、体積に依存する非常に厄介な問題だということもわかります。